小麦のしねまちゃんぷるー

最新7回分

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2010年2月1日(月) ライブテープ ★★★★

74分ワンカットで、吉祥寺の町をギター弾きながら歌いながら歩く前野健太をフォローしたドキュメンタリー。
ワンカットという撮り方をあざといと感じて、観に行く予定はなかったのだが、信頼できるスジが2人も、「よかった」と書いていたので、観に行く気になった。
いやー、よかったです。
撮影は2009年の元旦。その一回性が余すところなく感じられる。街の風景は単なる背景ではなく、2009年1月1日の息づかいを如実に伝える。それはハンバーガー屋の前の「国産」の文字、カレーチェーンの「スープカレーあります」の急いで作ったような看板。東京の真ん中に派遣村ができていた同じ時の、ちょっと元気がない東京の外れの街の人々の往来。古い公設市場のような、シャッター街「ハーモニカ横町」に入っていった時、空気ががらりと変わる。待ち構えている二胡との合奏。そこから大通りへ。生き方についてのベタなフォークを歌っている時は、こども連れが横切り、恋の歌を歌っている時は画面奥と手前に、ねらったようにカップルが横切る。それがやらせでないことは、カメラを構えていることに気づくと、入ってこようか、フレームから出ようかと逡巡する2人のシルエットでよくわかる。
日本でここだけだろう、フォークシンガーが街に「溶け込む」ことができるのは。中央線沿線文化の集大成のような映画だ。
ただ一つ難があるとすれば、ラスト10分のインタビュー。歌が途切れるには長すぎる間だったし、松江監督の語りはいらんかったんちゃう?と思う。この映画を撮る動機なんて、ほとんどどうでもよくて、私は、前野健太が2009年正月に吉祥寺で歌ったということだけを切り取って見せてほしかったのだ。
まあ、ワンカットやし、あれを切るわけにはいかんかったのでしょうが。んー、もったいない。

監督 松江哲朗
撮影 近藤龍人
録音 山本タカアキ
作詞・作曲・歌・出演 前野健太

2009年日本、74分

2010年1月9日(土) ラブリーボーン ★★

 CGが発展するにつれ、「場面を見せすぎずに想像させる」いわば映画的な惻穏の情≠フようなものが失われるのではないか。そんな危惧を抱いてきたが、この映画に関しては的中してしまった。「ロード・オブ・ザ・リング」のピーター・ジャクソン監督が、ファンタジーではないリアルドラマ(といっても少しひねってあるが)を撮っているわけだが、CGで描いた場面がことごとく「陳腐」なのだ。きれいなんだけど、きれいすぎて、心を揺さぶる映像ではない。どうしたもんかな。
 スージー・サーモン(シアーシャ・ローナン)は14歳で、殺された。父ジャック(マーク・ウォールバーグ)、母アビゲイル(レイチェル・ワイズ)、妹リンジー(ローズ・マックィーバ)、弟バックリー(クリスチャン・アシュデール)からなる家族は、悲しみを乗り越えられずに、バラバラになってしまう。犯人は、近所に住むミスター・ハーヴィー(スタンリー・トゥッチ)。スージーは青い水平線の彼方にある「死後の世界」から、家族にメッセージを送り続ける。
 この「死後の世界」がCG。ピーター・ジャクソンは、インタビューで「あらゆる宗教的なアイコンから自由な「死後の世界」のイメージを創造した」と語っているけれども、雲一つない青空の下、草原がどこまでも続き、その果てに一本の樹が生えている、金色の陽光がスージーを包む……と、どっかで見たような、無駄なものが映っていない分、まさに「絵に描いたような」つまらない情景に。人間ドラマは繊細で、役者も健闘しているのに、観客のハートが動かないのは、ひとえにこのCGの絵が失敗しているからではないか、と思う。
 ヘビー・スモーカーでキッチン・ドリンカーのかっとんでるおばあちゃんが、めちゃくちゃな家事をしながら、きちんと遺された子どもたちに目配りをし、一家を救う。この祖母役にスーザン・サランドン。いい仕事、してました。
 淡々としたブライアン・イーノの音楽も途中まではよかったのですが、クライマックスでオーケストラ入っちゃって、一気に陳腐に。つくづく惜しい映画だなあ。

 監督:ピーター・ジャクソン
 脚本:フラン・ウォルシュ・フィリッパ・ボウエン
 原作:アリス・シーボルト
 撮影:アンドリュー・レズニー
 美術:ナオミ・ショーハン
 音楽:ブライアン・イーノ

 出演:シアーシャ・ローナン、マーク・ウォールバーグ、レイチェル・ワイズ、スタンリー・トゥッチ、スーザン・サランドンほか

 2009年、アメリカ、135分

2010年1月7日(木) パラノーマル・アクティビティ(爆)

 がーん、つまらん。
 超常現象をホームビデオが捉えたというつくりの中編映画。
 スピルバーグが「これ以上の映画を作ることはできない」とリメイクをあきらめたことが、売りになっているらしいが、リアリティを出すために、ほとんど編集していない素人くさい映像の数々にイライラ。
 素人が撮ったという設定なんだから、しょうがないんだけど、正直眠くなったし、スリルが持続しないから、途中、早送りしたくなりました。超常現象の合間に、痴話げんかする恋人同士とか、ビーズでアクセサリーを作る女友達とか、日常を撮ったぬるい場面が、息抜きじゃなくて、ただぬるいだけなんだよね。
 金取って公開するレベルに達していません。残念ですが。
 スピルバーグも、これをほめちゃうなんて、どうしたんだろうか。

 監督、脚本、編集:オーレン・ペリ
 出演:ケイティ・フェザーストーン、ミカ・スロート
 2007年、アメリカ、86分

2010年1月5日(火) マチュカ〜僕らと革命 ★★★★

 1973年のチリ・クーデター時の子どもたちを描いた映画。背景に大きな政治状況があるが、子どもが大人になる、その瞬間を捉えていて、引き込まれた。
 アジェンデ政権下、社会主義を標榜したチリでは、学校にも変化が起きていた。進歩的な神父マッケンローは、名門学校に、貧民街の原住民の子どもたちを入学させる。教室で富裕層の子、ゴンサロ(マティアス・ケール)は、原住民の子ペドロ・マチュカ(アリエル・マテルナ)と出会う。2人は11歳。教室でカンニング被害にあっていたゴンサロは突然の席替えに、内心ほっとする。そして、新しい隣人のマチュカと親しくなっていく。デモで国旗を売り、貧民街を訪ね、親交を深める2人。ゴンサロはマチュカのいとこ、シルバナ(マヌエラ・マルテリ)にほのかな恋心を抱く。だが、9月11日、ピノチェトによる軍事クーデターが起き、学校にも軍が駐留。貧民街は制圧され、軍人に暴行を受けた父をかばったシルバナは殺される。軍人に襟首をつかまれたゴンサロは、マチュカの前で「ボクはここの子じゃない」と叫ぶ。そして自転車で逃げ去る。数日後、再び貧民街を訪れたゴンサロの前には、荒れ果てたサッカーグラウンドが広がって、やがてその景色は涙でにじんでいった。
 
 この映画、男の子2人の貧富を対照的に描いているが、女性の貧困もあぶり出している。ゴンサロの母は、老いた金持ちと若い政府役人の2人に身体を許して生活している。金と食糧を別々の男から調達する方便。そして、ゴンサロの姉も、ナショナリストの男とのセックスに夢中。
 ゴンサロの母は、原住民を入れた学校に「なぜ、梨とりんごを同じ箱に入れなければならないの? だって、違う≠ですもの」といい放ち、「コミュニストは国家の寄生虫」とアジりながらデモ行進する。そしてゴンサロと一緒にいたシルバナを「将来は立派な売女ね!」となじる。シルバナはゴンサロ、マチュカと走ってその場から逃げ、貨車の荷台に寝ころぶと、ゴンサロの母を「あの売女!売女!売女!」とののしる。
 社会主義下、学校は貧民街の少年に、学問への道を開いた。でも、少女は将来を閉ざされたままだ。それをさげすむ富裕層の女も、結局は男の都合に振り回されながら、生きていくしかない。互いが「売女」であるしかない不幸が、この映画で一番印象的だった。

 配給のコンデンスミルクを口に含んで、シルバナがゴンサロ、マチュカと交互にキスを交わす場面がとても瑞々しい。そんなホッとする場面も随所にあり、堅苦しい政治映画とは違う趣の作品になっている。

 一緒にみていた中2の長男が、チリ・クーデターをググって、調べた。
 「ピノチェトの背後にCIA」のくだりで、「なぜ、アメリカは、社会主義国をそんなにツブしたいの?」ときく。「オセロみたいなもので、白の隣に黒が来るとひっくり返されるからじゃない?」と答えたら、「だって、オセロだって白ばっかりになって打つ場所がなくなったら、白の負けじゃん。うまく共存すればいいのに」
 確かに、そうだねえ。なんでなんだろう。

監督:アンドレアス・ウッド
脚本:エリセオ・アルタナガ
出演:マティアス・ケール、アリエル・マテルナ、マヌエラ・マルテリ、エルネスト・マルブランほか
2007年、スペイン・チリ、115分、DVD

2010年1月2日(土) AVATAR ★★★

2010年の映画初めはやっぱり鉄板でいきたいと思い、「アバター」を取っておきました。

おもしろかったです!
まあ、いろんな人が指摘しているように、ジブリのアニメーション(ナウシカやラピュタ)だの、日本のロボットアニメだのからインスパイアされたとおぼしき場面が多く、借り物の寄せ集め、という気がしないでもない。物語は、よくある白人のインディアン侵略と、その贖罪というパターン、そのまんまだし。
でも、3Dの迫力をフルに生かして、一つの「世界」を演出した力技は素直に、すごいなあと思いました。特に主人公のジェイク(サム・ワーシントン)が翼竜のバンシーを手なづけて最初に渓谷を飛ぶ場面の気持ちがいいこと。あの場面は、まさにジェイクのアバターと、バンシーのラブシーン。初めてのセックスの時のぎこちなさが快楽に変わるまでを、力でねじ伏せた後、息が合って、飛ぶという流れで、がっつり見せてくれました。これに比べれば、異星の知的生命体ナヴィの女性ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)とジェイクのラブシーンは、「ま、ふつう」。ラブストーリーとしての要素は薄かったですね。
最初、アバターがナヴィと人類の外交大使のような役割を果たすのか、と思いましたが、物語が進むにつれ、「外交なんてたるいことやってらんねー」というクオリッチ大佐(スティーブン・ラング)の主張が前面に出てきて、ひたすら大量殺戮。ラスト30分で、グレース(シガニー・ウィーバー)をはじめ、そこまでやらんでも、と思うくらい、主要な登場人物が死にまくります。ああ、この大味な感じがジェームズ・キャメロン監督よね、と思い出しました。ミシェル・ロドリゲス演じる女性パイロットまで殺さなくてもよかったんじゃないか、と残念です。あのクールな感じ、好きなんで。
とまれ、お正月大作を観た、という満足感は十分味わえました。

監督:ジェームズ・キャメロン
脚本:ジェームズ・キャメロン
撮影監督:マウロ・フィオーレ
プロダクション・デザイン:ロバート・ストームバーグ
衣装:マイェス・C・ルベオ、デボラ・L・スコット
音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:サム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナ、シガーニー・ウィーバー、スティーブン・ラング、ミシェル・ロドリゲスほか
(2008年、アメリカ、2時間42分)

2010年1月1日(金) あけおめでベストテン2009

あけましておめでとうございます。
元日恒例、映画ベストテンです。

◆日本映画
1)ウルトラミラクルラブストーリー(横浜聡子)
2)ディアドクター(西川美和)
3)愛のむきだし(園子温)
4)サマーウォーズ(細田守)
5)精神(想田和弘)
6)ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ(根岸吉太郎)
7)葦牙〜あしかび〜こどもが拓く未来(小池征人)
8)ニセ札(木村祐一)
9)buy a suit−スーツを買う(市川準)
10)小三治(康宇政)
次)インスタント沼(三木聡)

主演女優賞)松たか子(ヴィヨンの妻)
主演男優賞)笑福亭鶴瓶(ディア・ドクター)
助演女優賞)安藤サクラ(愛のむきだし、罪とか罰とか)
助演男優賞)風間杜夫(インスタント沼)
新人男優賞)西島隆弘(愛のむきだし)
新人女優賞)満島ひかり(愛のむきだし、プライド、クヒオ大佐)

監督賞)横浜聡子(ウルトラミラクルラブストーリー)
脚本賞)西川美和(ディア・ドクター)
撮影賞)市川準(buy a suit−スーツを買う)
音楽賞)ゆらゆら帝国(愛のむきだし)
美術賞)磯見俊裕(インスタント沼)

人が生かされるのは脳によってか、心臓によってか。
そんな大命題に、剛速球で、独創的な回答を放り込んでくれた横浜聡子監督!あんたはエライ!
観ている間中、どこに連れて行かれるんだろうと、どきどきしながら、軽快な津軽弁にひっぱられて、最後まで見入ってしまいました。いやー、おもしろかった。破壊的。
ディア・ドクターは手堅くまとめてきたな、という感じです。完成度は図抜けて高い。人に勧めるならこっちかな。
ドキュメンタリーが3本。ほかに「沈黙を破る」「1000年の山古志」「台湾人生」「嗚呼満蒙開拓団」「花と兵隊」などもよかったです。逆に劇映画が不振だったということ。昨日の日記にも書きましたが、「作っている人『だけ』がおもしろい」映画は、今年は殲滅してほしいです。
風間杜夫は、ドラマでは女装、映画でははげ上がったオヤジと、色もので存在感を見せてくれました。


◆外国映画
1)シリアの花嫁(エラン・リクリス)
2)母なる証明(ポン・ジュノ)
3)チェイサー(ナ・ホンジン)
4)コネクテッド(ベニー・チャン)
5)四川のうた(ジャ・ジャンクー)
6)子供の情景(ハナ・マフマルバフ)
7)チェンジリング(クリント・イーストウッド)
8)牛の鈴音(イ・チュンニョル)
9)カティンの森(アンジェイ・ワイダ)
10)アニエスの浜辺(アニエス・ヴァルダ)
次)扉をたたく人(トム・マッカーシ)
  3時10分、決断のとき(ジェームズ・マンゴールド)

主演女優賞)キム・ヘジャ(母なる証明)
主演男優賞)ハ・ジョンウ(チェイサー)
助演女優賞)エイミー・ライアン(チェンジリング)
助演男優賞)チン・グ(母なる証明)
新人女優賞)ニクバクト・ノルーズ(子供の情景)
新人男優賞)チャン・チェ(九月に降る風)

監督賞)ポン・ジュノ(母なる証明)
脚本賞)ナ・ホンジン(チェイサー)
撮影賞)トム・スターン(チェンジリング)
音楽賞)クリント・イーストウッド(チェンジリング・グラントリノ)
美術賞)フランキー・ディアゴ(アニエスの浜辺)

「母なる証明」強し!
細かいカット割り、アングル、場面のつながり……きまりすぎて、嫌みなくらいです。母性というより、母性の下に隠れている人間の本性みたいなものが、じわじわとフィルムからしみ出してくるのが恐ろしかった。
「チェイサー」「コネクテッド」の2作は娯楽映画の王道。上映時間が「あっ」という間。ただただ楽しかったです。
「シリアの花嫁」「子供の情景」……世界情勢が一人の人間の暮らしに落とす陰を、情感に流されず、潔くすっぱりと切り取った。
「四川のうた」。製品がラインから落ちる時、工場が解体される時のドスンという音が耳について離れません。あれが「現代中国」の音。

2009年12月22日(火) のだめカンタービレ最終楽章完結編(爆)

宇宙人と何の支障もなく「日本語で」話が通じる映画の次に、フランスにいながらにして、何の支障もなく、登場人物全員が「日本語で」しゃべりまくる映画を観ました。

いや、そういう設定なんだから(漫画なんだから)、ほっとけばいいんだけど、じゃあ、その設定が不自然じゃなく感じられるほど、こなれているか、といわれると、まったくこなれていない。「不自然な世界」観を構築するまでに至っていない。
中途半端に外国人に見えるベッキーやウエンツ瑛士を使って、なんとか、外国人と日本人が日本語で「演技」をしているという場面をつないではいるが、オーケストラのメンバー全員をダブルの役者で揃えることは到底できず、欧米人をキャスティング。で、かれらが日本語が話せるわけではないので、主要キャストが日本語でしゃべり、応答するフランス人はフランス語で、その上に「ベストハウス1・2・3」の再現フィルムみたいな変な日本語吹き替えがかぶる。これじゃあ、演技のつながりなんて作りようがない。オケマネなんか、なだぎ武でっせ。
だから、演技じゃなくて、キャラが暴走することになる。

映画は空気感を映してなんぼだと私は思うのだが、この設定では、物語をサクサクと進行させることに主眼を置くしかどうしようもなくなってしまい、まるで大河ドラマのダイジェスト版の絵本をパラパラめくっているような妙な感じが漂っていた。

そもそもシュトレーゼマンを竹中直人にした時点で、腹をくくらないと。本物のフランス人を出演させて、吹き替えをするような姑息なまねはせず、日本語がしゃべれる外国人の役者を全員かき集めてオケの特訓を半年間するとか、そのぐらいの心意気を見せてほしかったなあ。そしたら、もう少しバカバカしさが突き抜けたものになったんじゃないかしら。

今から見ようと思っておられる方。
テレビ放映まで待ちましょう。
ただで十分です。

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